昭和50年08月01日 月次祭
本日午後の奉仕をさせて、もう四時の御祈念という時だったでしょうか。ある方が大きな、勝手の方の冷蔵庫が、もうだいぶん古くなって痛んでおるからと言うので、あれをまた、ひと締まり目大きいような冷蔵庫のお供えをなさいました。大変におかげを頂いて、まぁ、女ながらも、大きな商売をなさっておられる訳ですけれども。もう当てにしていなかったお金、もうこれは、もう取れないと思うておった集金が、思いがけなく入る事になり、まぁ二十万あまりの金額だそうですけれども。
まぁ私が責任持ってまぁ月々一万円づつ払うからと言う様な、言わばおかげを頂いたと言うのです。それでお礼のまぁお供えをする訳です。こら恐らくあれは二十万じゃ来とるまいと思うんですけれども。まぁだ金を貰ってしまった訳ではない。けれどもその有難いという心が、次の言うならお供えと言うか、御用をさせて頂きたいという願いを持たれて、それからその事のお取次ぎを願われました時、昨日一昨日でしたでしょうか。
あらおかげを頂きました、大難を小難でおかげを頂きますと云う事であった。訳が分からない。お供えさせて頂こうと。そしてそれが何日後の今日初めて分かったと言うのです。今日こちらに、電気屋さんを伴うてお供えにおいでられておる時に、途中で大学生の方がぱぁっと両方から、両方にぱっとこう散った、両方へこう行った時に、片一方の大学生の方を、まぁちょっと跳ねられた。もう本当にもうびっくりして、まぁ病院に直ぐ連れて参りました所が。
まぁ五日か六日もすれば良いだろうという、大した傷ではなかったと言う事なんです。本当に親先生が昨日一昨日お届けをさせて頂いた時に。大難をいうならば小難でお祭り替えを下さると言う事が一つも分からなかった。がこの事だっただろうかと思うて、今日のお供えはまた一段と、ひとしおに有難いというお供えで御座いました。信心をさせて頂いておりますと色々な事があります。その色々な事が全部神様のおかげを頂かせてやりたいという働きに引っ掛かって来るんです。ね。
いうならばその方の上に、どういう大難が掛って来るやも分からない。それを例えばもう取れないはずのお金が取れた。それがお供えになったそして事故が起こった。その事故がまぁおかげを頂いて、まぁ五六日も医者にと言うのですから、もうようく足したり引いたり、足したり引いたりしていきよりますとですね。答えは結局有難いと云う事になり、そんなに例えばきつい思いをせずに、大きな巡りのお取り祓いを頂いた、大きな大難のお取り祓いを頂いたと云う事になりはしませんでしょうか。
惟はよく聞かせて頂いた話ですけれども。福岡の三代吉木辰二郎先生が、何時も善導寺の親教会にお見えられてお話をした何回も聞いたお話です。ある秋の御大祭を仕えられる。松茸のお供えが来たからその松茸をお三宝一台に、もうそれもこうお花を入れた様に松の枝やら松の葉を使って、そしてそこにこう松を植える様にして、そのお三宝一台をお供えをなさった。誰でも同じで遅うまでかかって、奥のまだ当時お婆ちゃまがおられた時代。お婆ちゃまにようやく大祭の準備が済んだというお届けをされると。
「あんた、ちょっと済まんけれど、腰を一つ揉んでくれ」と言われる。もういうなら大祭後の、疲れに疲れきっておるのですけれども、そう言われるから腰を揉んで。はぁ眠りなさったから、じっとこう手を引きよると。こうやって寝返りを打ちなさる。とうとう朝の御祈念までその足腰を揉ませて頂いて、心ではあんまり有難くない訳です。今日は大祭だというのに。疲れておるのに夕べはとうとう徹夜をしてしもうた。
そんな訳でしたから、御大祭を奉仕されておりながらもです、その先生方がこう並ばれてそれから次々と、先生から先生へと壱千世へと。丁度その自分が昨夜盛らせて頂いた松茸が、自分の目の前にこう通る時にです。その松茸がガラガラっとこう崩れて落ちるのを、まるきり肉眼の様に心眼で頂かれたと云う事で御座います。「あら」っと思うたら、心眼だったとそして神様が。こういうお粗末も御無礼もある所を。夕べのひと修行で神が支えてやったという意味のお知らせを下さったと云う事で御座います。
これはおかげを頂く前に神様が、修行をさせて下さる巡りのお取り祓いを下さるというても。信心させて頂いておるとそれこそ、百万なら百万とボーンと取られたら、中々大変ですけれどもそれをね。まぁ二万か三万づつぐらいで、子割にして巡りのお取り祓いを頂けれると言った様なものも、只今聞いて頂いたお話のなかから、感じずにはおられません。問題はそこん所を純粋素直な心でです。
おかげを頂いたと昨日でしたか、一時の御祈念の後に聞いて頂ます、一口の御理解のなかにも、私が皆さんに申しましたように。「朝顔は馬鹿な花だよ、根もない竹に命までもとからみつく」という、いわゆるまぁ粋な文句です。お互いが信心をさせて頂いておるというけれども。その信心が果たして真の信心であるか。私共が拝ませて頂いておる、生神金光大神天地金乃神様という神様は。
インチキの神様ではないか。ただそこの所が分からずに。今日も日田からある大学生の方が二人で参って来た。その方に「あんたん所の近所に、何々地蔵さんと言うのがあろうが」直ぐ近所にある。高塚の地蔵さんというかねぇ。なかなかキャッチフレーズが素晴らしい。願い事一言は何でも聞いてやると言うのである。誰でも心に心願を持たない者は無い。これいっちょおかげ頂いたならと言った様なものを持たない人間な居るまいと思う。いうなら、人間の弱点を突いたようなキャッチフレーズである。
そして別に向こうに当人さんが居りなさるわけじゃない。お賽銭をお供えしようと思えばお供えせんでも良いと言うので、大変この辺りからでも人気がある訳です。先日聞かせて、あの熊谷さんか誰か、あの聞かせて頂いたお話ですけれども。おかげを頂いて息子さんがお医者さんになられた。一生懸命にお願いをしておかげでその、お医者さんになる試験が通った。お地蔵さんに願をかけた。おかげ頂いて大学を卒業した。おかげで一人前のお医者になられた。
そのお礼参拝をされての帰りに、交通事故に合われた。しかも即死であった。本当に目も当てられない。もうそれこそ恐らくは、はぁこれもおかげと周囲の人は、言えなかっただろうと思うのです。ほんなら御道の信心をさせて頂いておってもです。それこそ目の前が真っ黒なる様な事が起こる事もね。起こらんと云う事は言えないのですけれども。その前後に必ず神様の生きた働きを見せて下さる。これは巡りのお取り祓いだ。
これはおかげを下さろうとする事の為の修行であったと言う様に、その前後に必ず神様の生きた働きを見せて下さるから有難いのである。金光様のご信心はね、そこん所を私は極めさせて頂いて、現在の合楽の信心に打ち込むなら打ち込まな。そこん所を見極めてから信心させて貰わなければ。それこそ根もない竹に絡み付いた様な信心では、おかげにならんと言うのです。今日聞いて頂いたお話はです。
おかげの前後にまたは巡りのお取り祓い。巡りのお取り祓いと言いますけれどもです。私は思うですその方があの、その事のお届けをされます時に頂いたのが、全てが鏡と言う事を頂いた。こらまぁ大変深い意味があるだろうと思うのですけれども。それこそおかげを頂いたり落としたり、頂いたり落としたりと言った様な、言わば感じなんです引っ掛かった、これはおかげ落としたそれが取れる様になった、おかげ頂いた。
だから有難いからそれをお供えしようとこう思うた。ところがそれをお供えに持ってきよる途中に事故に、人に怪我させる様な事になったでしょうが。引いたり足したりという。そういう中にもです。本当にそのおかげと、それを頂き抜けれると言う信心が、日頃出来ておかなければ。いわゆる本当な、私は信心の力を受けると云う事は、そう云う事だと思う。そしてその先に、またどういう答えが出るやら分からない。それがどう言う様なおかげになっていくか。
昨夜三十一日の月末ですから、月末御礼信話会というのがお広前で御座います。その中でもお話をさせて頂いた事ですけれども、本当に七月という月はもうそれこそ、大変なまぁいうならば、テンヤワンヤの月であった。一日から三十一日までもうこれだけ沢山おられる先生方がもうそれぞれに、もう本当にちんちろ舞するごとお使い回しを頂いた。けれどもそれは困るなと言う事は一つもなかった。もう一月間が背中でああいう信行機感で御座いましたから一時の。
同時に隣近所の教会は、殆ど夏の大祭は七月で終わってしまいます。ですからそのお付き合いにも若先生は行かにゃならん。言わば帰ったら、だからお祭りを仕えたらずうっと帰って来て、一時の御祈念に間に合うように帰ってくると云う様な忙しい。その代わり、まぁおかげを頂いた訳です。特にそしてまた霊祭が多かった。何というても私の母のお国替えというのは、いわばただ式の上だけでも、洗礼の式があり密葬がありそして告別式。三日続かなければならない。
もうその中にももう万事万端、まぁいうならば置いたものを取る様に、間違いのないお働きの中におかげを蒙った。もうそれはそれはもう本当に素晴らしいおかげであった。あぁいう素晴らしいあの花壇ち言うですかね。お花のもうそれこそ生垣の様な、いっぱいあぁいう見事な祭壇が、あのおかげを頂きましたが。あのおかげを頂いた方達は福岡の花屋さんで、大変熱心に奥さんが参って来ます。
夫婦でねある事でも大変おかげを頂いた。もうおかげを頂いて何とか合楽の教会に、何かがある時にはご恩返しさして貰わなと言う所に、あの告別式。それも私はあのあちらにお願いをする筈は、一つもなかったんです。所が文雄先生が折角あの何ならば、あのあちらにお願いしたらばどうだろうか。そらもうそちらが請合うて下さるなら、それが一番良いと言うので、もうそれこそ夫婦でもう一晩中、殆ど寝らずにああいう見事な祭壇が出来たと言う様な事なんかでも。
それはもういうなら一月も前からそういう準備がしてあったと言い、思わなければおられないです。私はその事を申しました。例えば鳥栖なら鳥栖、鳥栖の大きな駅があります。構内にもうそれこそもう、何十本ともう言わないでしょうね。沢山のレールが敷かれてあります。もうそれこそどのレールに、どの汽車が入って来るか分からんと思うくらいに沢山あります。それが一糸乱れずしょうとつもせずに。上り下りの汽車がこう行き交うておると云う様にです。
合楽のこの七月という一月は、そういう様な月であったなと、皆さんに聞いて頂いた。皆さんも承知の通りであります。ほんならそれがね言うなら七月だけではない。本当に合楽全体の上に、何時でもそういうお繰り合わせを、またお繰り合わせの中におかげを受けておるという事であります。それはどう云う所からあぁいう風におかげになって来るかと云う事は、それは、天地は真だから。私共がその真を追及しておるからだと申しました。その真と真が交流するから。
私共の例えば小さい小さい、こうやってまぁ歯車の様な物かも知れません。けれどもこの歯車がです。次々と大きな歯車に合うていく。それこそ、天地を動かす様な大きな歯車に、これがぴったりこうやって、合うて廻っておるからなので御座います。私の信心はもう点で押すほどしの歯車かも知れない。けれどもね、真の追求と云う事には、誰にも負けない積りである。より本当な事より真実を求めての信心である。
母のお国替えの言わばあの洗礼の時に、それでも本当に普通で言う告別式ぐらいには、立派な祭壇ができておった共励殿で。そこで私は拝ませて頂いて、お礼を申させて頂きよりましたら。それこそもう見事な、こんなに下がった粟の穂をひと穂頂いた。ははぁこれが母の一生、母の信心であっただろうかと思うて、有難いと思うた途端にそれが段々、あの雑草的なやっぱり粟ではなくて、粟に良く似た穂がねこうある。それに変わって行く所を頂いた。母がもし御霊様で私に言葉をかけてくれるならばです。
本当に先生有難い事だ。私の一生というものは、それこそお粗末御無礼だらけであった。本当な信心もよう出来もせんのに、本当な信心が出来たかの様な、お取り扱いを頂くという事は有難い事である、勿体無い事であると言うたであろうと思うた。私も直ぐ思うた。私自身の信心も、本当に此の様な、本当なものでも無いのにも係らず、本当なものが出来ておるかの様に、神様が顔を立てて下さり、おかげを下さると言う事は。
本当に勿体ない事だ。信心愈々自分というものが分からせて頂く時に、本当なものである私と言う様な事は、とても断言できません。より本当なものを追及すると云う事においては。現在の本当が、また次の本当への飛躍でありますから、その過程でありますから。いうならば、本当に小さい小さい歯車に過ぎないのですけれども、その歯車が次の歯車に合うていく。いわば天地を動かすほどしの大きな歯車に合うて行く所に。
一糸乱れぬ例えば、一月間の事を思うて見てもなんと有難い、もったいない一月間であったであろうかと言う事になって来る。ですから本当なものをそこに求めると言う事。それを頂くと言う事。先日佐田さんの奥さんの妹さんが、神戸のほうにおられます。富久信会が出来て此の方、毎月神戸から参ってくるんです。まぁ大きな事かも知りませんけれども、まぁ二三十人ぐらいな方を雇うての、まぁ小企業でしょうね。
小さい何か工場をなさっておられる。それがにっちもさっちも行かん様になったというのが、合楽に御神縁を頂かれたんです。そしてこれからはもうとにかくね。その自動車で参って見えて奥さんと二人で。それこそ泣く泣く運転して帰って、こういう神様が御座ると言う事を初めて知った。これからはもう、この神様にお縋りをするより外に無いぞと。大黒様を頂いて帰り、それを奉祭させて頂いて拝むとそれこそ大黒様が、汗をかかれるというぐらいな奇跡が時々起こった。
ほらも親先生にこりゃもう、本当におご苦労かけとるぞと。がんばらな。けれどもです。悲しい事にお話を頂いておりません。また売れたまた売れたという時には、みんながおかげおかげなんですけれども。それとは反対の事になって来る。先月の十五日の前日に電話が掛って来た。先生今度という今度は、もうどうにも出来ません。もう帰りの旅費は要りません。そらまぁあちらに姉妹がおるから。片道の切符だけでも、買えれたら参りたいと思うけれども、今度という今度はどうにも出来ません。
先生、都合の良か時に参っていいでしょうか。ね。お金のあるとき参るというのは、生き方ではいけないでしょうか。そら私が「あんたが良かごつたい」と、私が申しました。けれどもね「それでは、本当のおかげは受けられないよ。どうでもこうでもそれこそ、旅費が無いならば、着物を質おいてからでも、歩いてでも参る。十五日だけは絶対、そういう腹を決めてご覧。お繰り合わせを頂くから」と。これは電話の先で、そう申しました。そしたら十五日、チャット参って来とった。
おかげを頂いておった。話を聞いてみると大変難しい所を通っておる。丁度三四日前に、あちらから電話が掛って来たけれども、大変難しい所を通っておる。とにかく納めた品物が全部その向こうが、粗悪品であるというので引き受けてくれない。さぁ皆さんに払う給料も無い手形が来ておる。もう銀行という銀行は、もうどっこにも行くとこだけは行っておる。もうどうにも仕様がないと言う事であった。
そこで私が申しました。やり抜きなさいと言うたら、元気が出ろうごたるばってんね。やり抜きなさいじゃ、あんたが場合いかんばい。「もう、とにかく、頂き抜きなさい」と申しました。信心のね。私は素晴らしいおかげを頂くと言う事はこの度胸です。やり抜くというのは我があります。だから頂く抜くと云う事になった。それから一心心が決った訳です。倒産するならせろと。もう工員の方達がやぁや言うてその、給料の事を言うてもね、命までは取るまいからと言う様な、大きな心になって来た。
それから二三時間後に今度は佐田さんの方に電話が掛って来た。ここに佐田さん丁度来ておられた。それでここで頂いた御理解を伝える。又はそして何か共励会か何かあっとったんでしょうか。しかしここにおられる内に電話が掛って来て、もうそれこそ電話の向こうで泣いておられる模様であった。「姉さん、神様の働きに恐れ入る」ち言うて。もうどうにも、八方塞の所の、銀行のとても貸す筈はないけど、もう一遍行けと言われてです。もうそれこそ、どう云う事を言われても。
頂くぞという気持ちになって行ったら、おかげで金が出る様になった。そしてから又姉さんこの頃から納めておった品物が、いけないという物がね。他所のと間違うとったげな。だからあれは引き受ける事になったという。もうそれが二言三言じゃない。もうたった数時間の間にですね。手の平を反す様なおかげになって、今度会うた時にゆっくり話すけども、電話の先ではこうこうだと言うお届けが、佐田さんの所まで来ておる。私はそういう頂き抜く稽古を、本気でさせて頂かにゃいけん。
これはおかげを受けるためにもですよ。矢張りお婆ちゃんが。さぁ腰を揉んでくれ足を揉んでくれ。もう私は寝とらんけんでと言わずに、それをもう泣く泣くでも辛抱されたところに、あくる日願いに願っておった御大祭が無事におかげを頂かれたという、福岡の先生のお話の様に。おかげを下さるためには。いうならば受けものを作らせて下さるという働き。いかにもそれは、おかげを落とした様にあるけれどもです。一つも落とした事にはなっていない。
プラスマイナス何もない。取れん筈が取れたお供えをした、またゼロになった。その有難いけんお供えをさせて頂いた。そしてまた怪我をさせた。そう言う様な事をです思うてみるときにです。一つもプラスになっとらんようですけれども、そこの有難い頂き方がです、全てが鏡と言う一切が自分の姿を、その事件なら事件、事柄なら事柄の中が写してくれておるほどしに。
だからその方自身は、これは私も分からない自分自身の心が、その鏡には写るはずなんだ。なるほどこういう痛い思いをする筈だと云う事やらも分かって来るだろう。それでも、それでも本当な事が出来てもおらんのにも係らず、神様はこの様な手の込んだ事の中に、おかげを下さる神様であると言う事をです。本当に有り難いとお礼を申し上げれる。巡りの取り払いを頂いて有り難いという時には、もうすでに力を受けておる時だというふうに、私は思います。
皆さんそういうね矢張りこう、波というかうねりが信心にあるんです。ざぁっと下り坂を下る様な良か事ばっかりじゃないです。けれどもそれが楽しゅうして応えん。それが有難うて応えんという信心を頂かなきゃいけません。今朝の御理解のなかにも。咲いた花よりつぼみが良いと云う事であった。今朝のご理解を頂いて皆んなが勢いづいた。本当にまぁだ出来ん出来んと思いよったけれども、今日のご理解を頂いておるうちに。
でけんその事もですむしろ楽しみがあるんだ、それがまぁだつぼみである証拠である。何か如何にも、開いておるおかげだけを有難いと言う様な頂き方をしておった所にです。それこそ私共でもそうです。三代金光様の様にはいはい、はい結構ですそれを言うておるだけで、人がどんどん助かるという時代も必ず来るかも知れません。けどもまぁだこうして汗みどろになってお話をしなければならない。朝の三時半からやっぱりそれこそ眠とうても矢張り、そこで修行させて頂かなければ出来ない。
だから本当に金光様の先生ちゃ苦しい事だとは思わん。それが実は有難いと云う事が分かっておるのです。日々の生活の中にその事も、この事も有難いと分かる信心をです。先ずは、頂かなきゃならん。ためにはねやり抜くぞと言うのではなくて、ひとつどう云う事でも頂き抜くぞという合掌した姿をです。何時も心の中に頂きたい。願っていかなければならぬと思うのでございます。
何時も八月の三日が、親教会の御大祭で御座いますけれども、全国マルショウの大会が御座いますために、あの今年からあの二日の日と云う事になりました。だから明日が親教会の御大祭で御座います。十時半のお祭りですからまぁ皆さん一緒にどうぞ、何時も原さんの所にお世話になりますから、あそこで皆さん纏まられておかげを頂かれてはいよ。お初穂は、あの私がお預かりして行きますから。
どうぞ今晩明日の内にでも、どうぞお供えをなさる方は、おかげを頂いて下さる様にお願いをします。この暑いなかにそのそれこそまぁ祈願祭で御座いますから。それこそ汗ブルブルになって願わせて頂くというお祭りです。合楽は十六日が祈願祭です。あの一月間それこそ燃える様な、たぎる様な勢いで神様に打ち向かわれた。もう此の度はその事で、皆さんとっても助かったんです。
もう開けん筈の道が開けたり、助からんはずのものが助かったりという体験を受けられた方が、幾らも御座いましたです。お話をしたいけど時間がありませんけれどもですね。そういう例えば勢いを持って、いうならば諸事繁盛。または五穀豊穣の願いを一つに纏めて、十六日にはそういう祈願の大祭がある訳ですから、今からお繰り合わせを願うておかにゃいけません。明日は親教会の夏の祈願祭で御座います。
どうぞよろしくお願い致します。